中3
27くらいの男が担任だった
理科の担当だったけど見た目から明らかな理系臭がただよっていて、性犯罪者みたいな、かといって真面目なだけのつまらない人間でもなくむしろ、ふざけたことを言って生徒を笑わそうとする男だった 屁理屈もよく言った 知的なアピールも多かった クラスで目立つ男子とすぐはしゃごうとした 顔はキャイ〜ンの天野くんだった
この男はジュークとかかりゆしなんとかって歌手が好きだった 逆算してみたらやっぱりこの男の青春時代がちょうどジューク全盛期だった
授業中によくこの男はジュークの曲をかけた
ジュークというのは、青春とか恋とか、そういうものを歌う歌手だ
この男はジュークの歌を私たちに聞かせて、どうだ?という満足げな顔をした それで、流している歌の歌詞の説明なんかをしたりした
当時中学生の私たちは簡単に感化された
そう 中学3年生は青春とか恋とかに弱いのだ
先生のすすめる音楽マヂかっこいーよ、とヤンキーがこぞって言った
また、この男はかりゆしなんたらとかも流した
学級目標もそのなんたらってバンドの、ロックみたいな曲の歌詞からとったものになった
私のお母さんもジュークが好きだった
この男と年は違うが、2人ともリアルタイムで聞いていた世代だった
初夏に家庭訪問があった
大した時間も経たずに、男は帰っていった
次がつまっていたので、私の家庭訪問はさっさとおわらせたらしかった
帰った後自分の2階の部屋から1階に降りるとお母さんは、テーブルの上に置いてあった、冷たい麦茶が半分残ったままで汗をかいているグラスを持って片付けようとしていた
「キャイ〜ンの天野くんに似てんね」
お母さんはふざけながらそれだけ言って、グラスを洗い出した グラスのふちをスポンジが激しくなぞる
私は、ほんの数分前まで男がいたリビングのソファに座ってテレビをつけた 4チャン、ミヤネ屋
あらゆる窓やドアを開けていたので風が通って気持ちよかった 鼻をすんすんして風の匂いをかいでみたりした くだらないニュースがやっているなと思った
そしてほんの数分前まで男がいたリビングで私は宿題をやりはじめ、ほんの数分前まで男がいたリビングでお母さんは寝っ転がりながら柿の種を食べ始めた BGMはミヤネ屋で
お母さんは家庭訪問の内容は特になにもいわなかった
例年通り、大した話はしなかったんだと思う
けれど、たとえやましいことがなくても、先生は私のなにか恥ずかしい所をお母さんに告げ口したんじゃないかって、そんなソワソワしたきもちになるのが家庭訪問なのだ
ソワソワしたけれど、でも私はそんな感情は表にださず、澄ました顔で、リビングにいた
家庭訪問の次の日学校へゆくと、朝っぱらから男に声をかけられた
「きのうお前のお母さんとさー、ジュークの話で盛り上がっちゃったんだよー、お前ジューク知ってんじゃんよ」
私は、あぁジュークの話をしたんだ、と思った
「え、お母さん何も言ってなかったー?」
拍子抜けしたかんじで男が言うので、ええ、はぁ、まぁ、うふふ、とかって私は変なかんじで答えた
たぶん男は、私のお母さんとジュークの話ができたのが嬉しかったんだと思う
けれどお母さんは私にべつになんとも言ってこなかったので、お母さんはなんとも思ってなかったんだと思う 男の興奮が悲しく思えた
私のお母さんはただ男が、キャイ〜ンの天野くんに似てるなって、そんな感想しか抱かなかったみたいだった
「ジュークの話したんだって?担任が嬉しそうに私に言ってきたよ」
私は家に帰ってすぐ、台所のはしっこでたばこを吸っているお母さんに聞いてみた
「天野くんさぁ あんたのことなんも話してくれなかったよ」
たばこの煙を鼻の穴から吐き出しながら眉毛を吊り上げて言った
お母さんは担任のことを本格的に天野くんと呼ぶことに決めているらしかった 私はすこし笑った