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オーケストラのお兄さん

このまえオーケストラを見た。学校の行事で。
ちょうどその日は私はおなかがめちゃめちゃに痛くてめちゃめちゃに辛かったので、2時間もオーケストラなんか観れるかよ〜と思って泣きそうだった。実際、オーケストラ中なんどもヤバイ腹痛の波がおしよせ、気絶するかしないかギリギリのラインだった。そんなとき隣の席の男子が「見て、コントラバスのおじさん、パンサーの菅ぽくね?」とか言ってきて、それどころじゃねぇよーって思ったけど「笑い飯の西田っぽさもある」と余裕の顔で答えた。私は優しいのだ。ほんとは気が遠のきそうなのに。でっかいホールだったし、とちゅうで抜けるのもはずかしくって無理だった。
とくに辛かったのは、曲の合間の楽器紹介コーナーだった。ヴァイオリンとかトランペットとかコントラバスとか…指揮者のおじさんが面白おかしく紹介していた。そうそう、演歌とかでよく使われる、叩くとビョ〜〜〜ンって鳴る楽器とか紹介してた。ヴィブラスラップか。なんか、おじさんがふざけたテンションで紹介してて会場もなんとなく盛り上がってたけど、その時ちょうどめっちゃ腹痛の波来ててほんとにほんとにそれどころじゃなかったからうるせぇよって何回も思った。ヴィブラスラップのおもしろ紹介はどうでもいいから早くオーケストラを終わらせろ。

紹介が終わると、全パートの人たちがぞろぞろでてきた。私はお腹を押さえながらぞろぞろ出てきた人たちを眺めた。
一番まえの列の、ヴァイオリンを持っている男の人が目に入ってきた。すらっとした人で、黒ぶちの眼鏡をかけていた。唇の薄い、顔はどちらかといえば縦長の、上品な顔立ちの人だった。自然にふんわりと前髪を流していた。星野源ちゃんみたいな。
私はずっとそのお兄さんを見ていた。とにかくかっこよかったのだ。すらっと長い手でつらつらとヴァイオリンを弾いているのがどうしようもなく愛おしくていたたまれなくなった。たまに笑顔を見せたり、曲終わりに隣にいるヴァイオリンパートのおじさんと一言二言しゃべったりするお兄さんのすがたをじっと見ていた。
そうして私は、相変わらずお腹は痛かったけれど、あのお兄さんのおかげで2時間持ちこたえたのだった。

オーケストラがおわって、なんか清々しいなとおもって伸びをしていると、左隣の席の女の子が、「ねぇ、一番まえの列にいた眼鏡の男の人、めっちゃかっこよくない???星野源に似ててやばかったよね?」
といってきた。あぁ、と思った。私だけがかっこ良いと思ってたんじゃないんだ、と思った。でも星野源ちゃんには似ていないと思った。お兄さんは、星野源ちゃんとはちがう、もっと妖艶な、エッチな顔だった。ちがうのに、と思いつつ、私は「ねー!ちょーかっこよかったよねー!私、ずっとみてたよお」と言った。お兄さんのことを、かっこいいという表現だけで終わらせたくなかったけれど。

結局そうしてすべては終わった。お兄さんは舞台からはけ、その後永遠に私の目の前に現れることはなかった。ガビーン。さよなら。