しろしま

シンプルな白の椅子に座って、4人掛けのオレンジ色の長方形のテーブルにほおづえをついて座っていた。(ほおづえをつくと顔が歪むからよくないよとよく周りに言われるけど、この癖だけはなおせないのだ。)室内の壁もぜんぶオレンジ色で、それは自分でそうした。私の目の前には、背は高いが決して細身ではない、私のすきなゴツゴツした手を持つ、でもその他は至って特徴がないふつうの男が、黒い服を着て座っていた。私はぶどうのジュースをストローで飲んでいて、男もそれを飲んでいた。 「ねぇ」と言って男は私にむかって紫になった舌ベロを出した。「お前もなってるよ、見せて」と言われたので、半分くらい舌ベロを出した。「なってるなってる」と言われた。
日差しが私には強く感じられたのでカーテンを半分しめたら、男は「なんでしめるの」と言った。「昼間にカーテンをしめると不安になる」。
私が渋々開けると「ありがとう」と言った後、「じゃあ一緒にベランダに出よう」と誘ってきた。なんでこの男は、すべて私と一緒じゃないといけないのだろうと思った。思ったけどその疑問はいつものようにすぐ消滅した。俺がやるからお前も、といういつもの流れ。でも私はほとんどのことを断らずにやってきた。男子トイレに入る、とか、そういうこと以外はぜんぶ言うとおりにした。そういうわけで私は素直にベランダにでた。日差しが強くて、でもまだ4月だから肌寒かった。マンションの4階、風がなびいて 私、男の順番でくしゃみをした。近くに海があるので、海風がすごい。男があまりにおおきなボリュームでくしゃみをするので私は「やめてよ」と言った。
「街中にでよう」と男が言ったので、マンションをでた。駅まで行くと、なにかイベントをやるらしく人で混雑していた。平日はそこまで騒がしくないこの駅前も今日は賑わっていて、人通りも増え、いろいろな人間の声が聞こえた。若いのも老いたのもたくさんいて、はしゃいでいる声がそこかしこから聞こえた。
しだいに男の口数が少なくなった。私は、喋った。天気がいいねとか、この前できたパン屋さんのカレーパンがおいしいとか、バイト先のおじさんのセクハラがとまらないとか。男は返事をする代わりに「もうちょっと人の少ない通りに行こう」とぼそぼそ言うので、「じゃ、あそこの路地に入ろう」と、でかけた溜息を飲み込みながら私は提案した。路地に入ると途端に男はしゃべりだした。「俺の前をずっと歩いていた男、うるさいし気持ち悪くなかった?俺気分が悪くて、こいつ死ねよって思いながら歩いてた」と。私は空を仰いだ。なんでこの男は、私と2人でいるのに、勝手に他の人のことを考えて勝手に気分を悪くしているんだろう。私はこの男のこういうところが大嫌いだ。男の、人ごみが苦手だという性格が、大嫌いだ。人ごみは誰だって嫌いなのに、それを理由に私の話を無視したり勝手に怒ったりする、この男の幼稚園児みたいなわがままなところが大嫌いだ。私はできるだけ感情を含まないように「そっか。」と言って、空気を思い切り吸って、思い切り吐き出した。住宅街に入り、車も通れないくらいの細まった砂利道を2人でずんずん歩いてゆく。遠くの遠くのほうから人間のさわがしい声が小さいボリュームで聞こえて、それがなんとなく切ないカンジで私の心に響いた。そうしてそのあと、怒りがわいてきて、大キライ大キライ、と心の中でつぶやいて、でも、ゴツゴツした手は好きだけど、とも付け足して、それから、でももう終わりもう終わり、と自分をなだめるみたいにつぶやいた。
「夜はなにをたべたい?」と男が言った。私はふと「大キライ」と言った。そのあとで、「まちがえた。パスタが食べたいかな。」と言った。「なに、大キライって」と軽く笑いを含んだ感じで聞かれた。でも私は「ううん。まちがえた。」の一点張りで。ホントは、別に、間違えていないんだけど。私はじぶんのほっぺのザラザラしたところを撫でた。そして、おうちに帰ってお気に入りの白い椅子に座って、足をぶらぶらさせて、好きな音楽を部屋に流して、隣人に壁をたたかれて、しぶしぶ音楽のボリュームをおとして、そうしてからパスタをゆでて、明太子のクリームをかけて、食べたいなとおもった。1人で。だって大キライな人と食事しても楽しくないから。私の目の前で、今、その大キライな人は、自販機で桃味のいろはすを買おうとしている。私はそこまで大きくない石をこっそり拾って、その人の頭をめがけて、ぶんなげた。イテェーー と叫んでその人はうずくまった。私は走って逃げた。人のたくさんいる方へ。雑踏の方へ。走った。走ったら、息がきれた。駅前らへんにたどりつき、走るのをやめてとぼとぼ歩きながら、人ごみに分け入った。人と人の隙間から覗いてみると、大道芸のイベントがやっていた。音楽に合わせてダンスをしながら皿を回すピエロが人ごみの真ん中にいて、周りの人間たちは手拍子をしながらオォーとかなんとか言ったりしてそれに集中している。たくさんの人間がいる中で私はぼうっとしながら、軽快な踊りを披露しているピエロを見つめた。4月の、日差しが強い日。