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私が5歳くらいの8月。お昼前、クーラーをガンガンにかけた車でママとふたりきり、近所のスーパーに行って買い物をした。買い物を終えて車にもどり、エンジンをかけ、また太陽の熱で暖められてしまった車内を涼しくするためにママはクーラーのつまみを全開にひねった。クーラーの轟音は、CDから流れる音楽をかき消してしまった。私がママの不思議だと思う5680234項目のうちの1つ、なぜかママは車内で音楽をかける時、必ず、聞こえるか聞こえないかくらいの小さなボリュームに設定する。

なにかのオムニバスかなんか、ホワイトベリーの夏祭りが流れていた。それで、ママは5歳の私に、「あのねこれはね、ニセモノなんだよ」と言った。どういうこと?と聞くと、「あのね、これは本当は、もっと暗い曲でね、すごい無表情な女の人が歌ってる曲なんだよ。これはその曲の、まねっこなんだよ」と言った。私たちはそのまねっこの夏祭りを聞きながら、家までの道のりをかっとばした。ママは、猛スピードでキュキュっと車を走らせる。でもゴールド免許。

 

家に帰っても、ふたりきり。パパは仕事に出かけていて、まだ弟は生まれていなかった。ママは着ていたティシャツを脱いで、ブラジャーすがたで、買った食品とかを冷蔵庫に詰めていた。私は買ってもらったセボンスターを開けて、宝石だったかプラだったか忘れちゃったけど、それをしげしげと眺めて、宝箱に入れた。扇風機だけじゃ足りない暑さだったけど、ケチンボのママは扇風機だけで足ると言った。

そうめんを食べて、ママは昼寝の準備をしはじめた。カーテンを閉めてテレビの音量を下げる。一緒に寝る?と聞かれたけど、私は昼寝が嫌いだった。1日がすぐに終わってしまう気がしたので。たぶん、子供はみんなそうだと思う。

退屈な昼を終えて夜がやってきて、肉体労働を終えたパパが帰ってきた。当時はガソリンスタンドで働いていたので、いつも油の臭いがした。ママが夕ご飯を作って、3人でテレビを見ながら食べた。窓は開けっ放しで、すずしい風が入ってきた。ご飯を食べた後、花火をしたいと私が言ったら、え〜じゃあちょっとだけだよ、と面倒くさそうにママが言った。それで3人で庭に出て、前にやりのこした手持ち花火に火をつけようとしたら、湿気ていたのかなかなか火がつかなかった。それで、1つだけあった打ち上げ花火をやろうとパパが言った。私とママは打ち上げ花火からすこしはなれて、パパがチャッカマンで火をつけた。シューと火花が散り出してパパは素早く私たちの方へきた。パンッと音がして、パラシュートみたいなのが上空高くに飛んで行った。その瞬間、やべ、とパパが言った。パラシュートが、庭に生えてる背のすこし高い木の上に乗ってしまったのだ。木を揺らしてみても、落ちてくる気配がない。パパはそういうのをちゃんと処理したがるけれど、ママは、まーいつか落ちてくるっしょ、とかなんとか言って、そして、蚊もすごいしもうウチはいろ、と2人を家の中に誘導した。ウチに入って、ママはすぐに蚊取り線香を焚いた。蚊取り線香のにおいはリビングにすぐジューマンして、夏の夜にこびりついて離れなかった。なんだか不思議な気分になって、ぽやぽやボーっとしていた。パパは日本酒を飲んでいて、ママはテレビを眺めていた。2人とも、髪の毛の色が明るかった。2人とも、まだ若かった。若い2人は、私の知らない話をして笑っていた。私は眠くなったので、寝る支度をした。当時は寝るとき、必ずママに絵本を読み聞かせてもらって寝付いた。同じ絵本を繰り返し読んだ。お気に入りは人魚姫の話。さいごは泡になって死んじゃう人魚姫の話。

 

 

「あんたさ 人魚姫の話すごい好きだったよねー」と、この間ママに言われて、5歳の夏をふと思い出した。。。